『週刊スガモ』 2018年4月14日版

何となく習慣になってしまった『週刊スガモ』by野木、4月14日版。(ダジャレではありません)

いつもはチラシを配る仲間の近くで署名活動に専念しているのだが(←その割にはもらう署名の数が少なくて冷たーいで睨まれてるかも)、今日はやや人数が少なめだったので、久しぶりにチラシを配りつつ署名集めも……という二役。あまりノンビリと話をしていられなかったのだが、本当はこのぐらいでいいのかも。ちなみに署名して下さった方のうち二人(男女一人ずつ)は、「国会前抗議行動」の参加者。疲れて最後までいられず、帰った来たという人でした。

ともあれ、今日の対話です。

★50代ぐらいの女性。
私の軽い問いかけに対して、「9条は確かに理想かもしれないけど」と話し始める。「そういう理想中心に日本はやっていくんだ、ってことでいいんじゃないかしら。よその国と同じように軍隊を持ってとか、考えるんじゃなくて」
そうですねと頷くと、彼女の口からいきなりビックリするような言葉が。
「私もね、昔は日本も核を持った方がいいと思ったこともある」
「わぁ。……でも、今は違う?」
「核は抑止力になると言われてたでしょ。でもねぇ。みんなが核を持って戦争になったら、世界はオシマイだから」
「世界最終戦争ですね」
「そう。だから9条は変えちゃダメだと思うわけ」

★50歳前後の男性。
「軍隊は国民を守るなんて嘘っぱち。国民なんか守らないよ。沖縄でも満州でも、国民を置き去りにしたんだから」

☆中年(40代半ばから50歳ぐらい?)の男性
署名しながら「改憲には賛成」とハッキリ言う。
「はぁ。改憲賛成だけど、安倍政権下の改憲はダメだと?」という私の問いかけには直接答えず、別の角度で話し始める。
「でも安保法制には反対だから」
「はい」と強く頷き、目で相手の言葉を促す(相手が何か主張したげなので、聞きますよという姿勢を明快に見せたというわけ)。
「集団的自衛権が本当に必要なら、まず憲法を変えるべきなんだ」
「……」(はいどうぞ続けて下さい、と頷く)
「自衛隊を9条に明記して位置づけて、任務の範囲もはっきりさせるべきだと思う。でも安保法制みたいに、ズルズルやるのは絶対に反対。ズルズルってのは一番よくない。全部モトに戻して、それから改憲の話をしないと」
こちらとしては複雑な感情というほかないが、「安倍政権のやることは何でもOK」の人よりははるかにマシかと。

★70代後半~80歳前後の女性。
「国会前もねぇ。行きたかったの」と、後ろめたそうな表情で小さくため息。「でもねぇ。足が不自由だから、なかなかそういう所に参加できないの」
慌てて首を振り、「無理なさることはないです。こうやって署名していただくのも、貴重な行動ですし」。
頑張ってね、と深々と頭を下げて行かれました。

★20代の男性。
「9条のこととか、まだよくわからない。でも、ともかく今の状態はおかしい、怖い、と思うんで……」

押し40~50代に見える中年の女性。国会行動帰りの一人。
「困ってないから」とピシャリひとこと。
「なんで変えなきゃいけないのか、さっぱりわからない。今の憲法、いい憲法じゃないの」
「そうですよね」
「どんどん嫌な世の中になるわね。ナチスの手口に学んで……なんて前に麻生さんが言ったけど、もう独裁国家になっちゃった感じ」
ですね、とまた頷く。今日は私、頷いてばかり。でもアイコンタクトして頷くというのは、大切なことではないかとも思っているのです。見知らぬ人との関わりは、相手を受容することから始まる(あは。えらそうなこと言ってスミマセン)。

★60歳前後の男性。チラシを受け取ったものの「急いでいるから」と署名は消極的に拒否。それでも私が物欲しそうに横に立っていたので、(横断歩道でちょうど信号が赤になったこともあってか)しぶしぶ?署名してくれる。で、青に変わったところで、一緒に横断歩道を渡る(我ながら物好きだとつくづく思う……職業病だとご理解・ご寛恕いただければ嬉しい……)。
「やっぱり安倍改憲、よくないと思われるんですよね~」
一瞬黙った後、「自衛隊を明記なんかしたら、アメリカの言うなりに戦争の手伝いをさせられるだけさ」。
「そ! そういう不安ってありますよね~」
また少し黙り、「戦争を知ってる世代がどんどんいなくなってるでしょ。これ、大きい気がする」
「ですよね~。私も戦争経験してるわけじゃないんですが、親世代から聞いたりしてました。でもその世代も亡くなってるんですよね」
「私も戦争経験してるわけじゃないけど」と、中高年男性苦笑。そりゃそうだろう。見た目、私より幾つか若いもの。
「戦争の怖さを、もっと切実に知らないと」
ですよね、私たちが少しでも伝えていかないとマズイですよね……と言って「じゃ」と別れました。

☆40~50代に見える中年女性。
署名してくれた人ですが、彼女との対話は「迷路のなかに追い込まれ、何が一番いいのか次第にぼやけてくる一般庶民の不安」が表れるものだった。
「安倍さんはダメだと思うの。でも、じゃあ誰がというのは正直言ってわからない」
「自民党にも、安倍首相に替わる人はいないって感じ?」
「うーーーーーん。自民党って良くないと思うけど……でもねぇ、野党もここだったらと思えるところがなくて。力がないのよね」
もどかしいのよ、と言って彼女は何度も首を振った。エッシャーの不可思議世界に迷い込んだような当惑に翻弄されているのは私も同じ。その他大勢の一般大衆であり、生活に追われる庶民である私(ちなみに私は年金受給者ですが支給額は月額約5万円強。死ぬまで働き続ける、と言うより働けなくなったら死ぬほかない庶民なのです。←どさくさ紛れに私事を言ってすみません)にとって、こういうもどかしさは最も近い感覚。個人的な意見ではあるけれども、迷い続ける人達と私は繋がりたい。

「政治のことはわからないの」「誰がやったって、結局同じことでしょ」という声も何人からか聞いた。こんな声を聞くのはむろん今日だけではない。ずーーっと前から耳にタコだよなという気持ちもある。

こういう言葉を発するのは、ほとんどが女性。主には中年から高齢層の女性だが、ときどき若い女性からも聞く。そのたびに私は心底情けなくなり、(一瞬だけれども)何もかも投げ出したくなる。

男性の場合はこちらが話しかけた時、「わからないから」と肩をすぼめる人はほとんどいない。知らぬ顔で行き過ぎる人は別として、たいていは意見らしいものを開陳する。その「意見」はたとえばテレビなどで識者がもっともらしく述べていたことをなぞったに過ぎなくても、一応「意見」であることには違いない。聞かれたらそれなりに、それらしいこと言わなきゃと思っているのだろう。

それに対して、女性の腰の引けぶりを私は心の底からなさけなく、口惜しく、悲しく、「私の人生は何だったのか」と叫びたいほどの感情に満たされる。「一歩下がって」が女性の美徳とされた時代。それは昔のことだと思っていたのは、私の錯覚だったのだろうか。私は死ぬまで下がらない。

(この部分は私のごく個人的な感覚です。OLDsの活動報告の一部である『週刊スガモ』に載せるのはおかしいかも知れませんが、やっぱり私は言いたい。「個人の勝手な垂れ流しは活動報告にそぐわない」と思われる方がおられたら、どうぞ指摘してください。ごめんなさーい、もうしません←このあたりがヘタレでありまする)。

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