週刊スガモ』 2018年5月5日号

今週も御用とお急ぎのない方、週刊スガモにお付き合いいただければ幸いです。 5 月 5 日は子どもの日。巣鴨に着いてから「何か子どもの日にふさわしいプラ カードでも作ってくればよかったかな」と気づいたが、後の祭りでした。
〈まず、署名して下さった人達との会話から〉
80 代ぐらいの女性。横断幕を見ておられるので、署名を依頼する。
「今の政治、ダメよね」
「やっぱりそう思われます? 本当に困りますよねぇ」

「でも大丈夫よ。心配しなくても」

何をもって大丈夫と言うのか。ちょっと意味を掴みかねて「は……」と間抜け た声を出す私を覗き込むようにして、相手は

「本当に大丈夫。もうすぐ、何も かもよくなるから」。
「はぁ……」

「そう決まっているの。もうすぐよ。何もかもよくなって、本当の平和が来る の」
何だか「もうすくハルマゲドンが」と言われているのと(言葉の中身は違う が)似たような気分。

あのう……と恐る恐る聞いてみる。「もしかして何かの信仰をお持ち……の方 ですか」
「そうなの」

どんな教えですか、どういう宗教ですかと少し食い下がったのだが、首を傾げ て「言えないの」と。

新しいカルトでも登場しているんだろうか。署名してもらったから、いいようなものの、かすかに「ヘンな感じ」が残る。そう言えば彼女、私が子どもの頃 に時々見かけた「拝み屋さん」(注→本文の最後に)達に雰囲気が似ていたなあ。
40 代半ばから 50 歳そこそこぐらいの男性。 署名の後、「安倍政権、いい加減に辞めて欲しいけどね」と肩をすくめる。
「でも、なかなか倒れないんだよなぁ……」

いやまあ、気持ちはわかりますけれども。そんなふうにため息ついてる場合じゃないわけで。

「どうすればいいと思います?」と聞いてみる。

「多数持たせちゃった、こっちが悪いんだからさ。やっぱり選挙でひっくり返 すしかないよね」
50 代ぐらいの男性。受け取ったチラシをしげしげと見、ちょっとからかうような口調で

「安倍……改憲、ね」
「安倍総理、どう思われます? もしかすると安倍政権、支持されてるのかな」
と、こちらも微かに挑発的な口調になる。

安倍サン万歳でないだろうことは、 何となくわかるからだ(安倍万歳の人はそもそもチラシ受け取らないし、万一 受け取ったとすればもっと口ぶりに棘がある)。 案の定、「冗談じゃない。安倍はダメだ。嘘つきで」という答え。

「だからね。 そんな総理にだけは憲法いじって欲しくない、って思うんですよね。そう思わ れませんか」
そうだなあ……と言って、やっと署名にたどり着く。

ボールペン動かしながら、「安倍政権はダメだけど。でも野党にやらせて、ま たグチャグチャするのは御免だしな」とブツブツ言う。 「じゃあ自民党で、ほかの誰かにっていう感じですか」
ウン、と頷く。「石破さんがいい。絶対に石破」 あれあれ。今日は石破支持に会いましたよ。

30 代後半~ 40 歳前後ぐらいの女性。 チラシを受け取り、サッと署名してくれる。

「安倍改憲、どういうところが嫌ですか」と聞くと、「ぜーんぶ!」と声を上げる。

「変えなきゃ変えなきゃってうるさいけど。今の憲法の何がいけないのか、さ ーっぱりわからない!」
60 代の夫婦。所用で宮城から上京したという。 女性のほうが自分から近づいてきて、「署名して、いい?」。
「わっ、ありがとうございます!」

夫婦並んで向こうに行きかけるので、慌てて追いかけ、「お連れ合いの方も、署名お願いできますか?」。

夫君、苦笑しつつも「ウン」とボールペンを受け取る。 ふたり口々に「困ったもんだよね」「9 条変えようなんて、全くとんでもないこと考える」などと言い、最後は「暑い中、大変ですね。頑張って」と励ましてもらいました。
4 時 50 分ぐらいに署名してくれた男性。見た感じ私と同年代だと思ったが、 聞いてみると 57 歳だとか。
署名してくれた人に一言二言話しかけるのを習慣にしているのだが、今回は途中で「シマッタ」と後悔。喋り出すと止まらない人だったのだ!
お父さんは中島飛行機(だったと思う)勤務で、零戦の整備をしていた人。 母親と、年の離れた兄姉は空襲に遭った(ご本人は 7 人きょうだいの 6 番目)。 両親や兄姉から戦争中の話をさんざん聞かされ、「戦争だけは絶対に避けない といけない」と思って育った。
……と、ここまではいいのだが、続けて戦後史の講義がスタート。サンフラ ンシスコ条約、朝鮮戦争、米ソ冷戦構造、55 年体制、岸内閣と 60 年安保…… 警察予備隊から自衛隊への歴史……。まぁ喋る喋る。さすがのお喋りな私が口 を挟むゆとりなし。

「あのー、だいたいのところは知ってます」と言う余地もなくやむを得ず拝聴した(疲れた)。
でも、10 分ぐらいこういう人の相手をしていても、時間がムダというほどで はない。これがなければ、あと 10 筆も署名ゲットできた!というわけではな いのだから(せいぜい 1 筆だろう)。あれだけのことが頭に入っていて、立て板に水で喋る人がいるのだと知っただけでもおもしろくはあった。
〈次に、署名してくれなかった人との対話を少々〉
20 代の女性。チラシは拒否された。 でも若い女性と話してみたくて、「チラシが嫌なら、受け取らなくていいから。 ちょっとだけ意見聞かせて」と言いながら、くっついて行く。

「安倍総理……と言うか、安倍内閣ってどう思う?」

「うーん。そうですね……いいところもあるし、悪いところもあるし」

「そっかー。なるほどねー。いいとこって、どういうところ?」
ほとんどストーカーであるが、(多分しぶしぶ)相手をしてくれる。ちなみ にこういうつきまといは、私がボヤッとしたオバサンだから出来ること。男性、 特にコワモテ系の人はマネなさいませんように。怖がられます。

「そうですねぇ。……安定しているところ、かなぁ」

何をもって安定と言うのか聞いてみたいところだが、そこはぐっとこらえる。 立ち話ならまだしも、歩き話なのだから。

「安倍さん以外の人だったら、安定しないと思う?」と(なるべく)柔らかく 聞いてみたが、さすがに向こうもウンザリしたふう。「わからない」とやや声 を荒げて、足を速めてしまった……。あーあ、また逃げられた。
10 代の終わり頃。高校生か大学生に見える若者。チラシを差し出すと「大丈夫です」(←この断り方には、いまだに慣れること ができない……)。

「こういうチラシを受け取るのって、嫌かな? ウザイと思う?」と聞いてみる。
「わからないから」

「安売りのチラシとか、そういうのだったら受け取ってもいいけど、何かいろ いろ書いてあるみたいな、わからない話のチラシは嫌、ということ?」

「うーん。どうかなあ」と、意外と真面目に首を傾げる。

「その時の気分、で すかね」
気が向けば受け取るそうだ。はいはい。今度、気が向いたら受け取ってね。

70 代の女性。彼女も仲間からチラシ受け取っていたので、署名を求めたのだが。
「どうでもいいの、そんなこと」と、つめたーいヒトコト。
「は?」

「総理大臣がどうのとか憲法がどうのとか、どうでもいいの。関係ないの」
まあ……それもいいでしょう。人によっては「関係ないわけないでしょう」 と怒るのだろうが、実のところ私はそういう立ち位置も容認する。それを自分 の哲学として徹底するならば、の限りにおいてだが。関係ないと言いながら、 知り合いに頼まれたからとか CM でタレントが勧めていたからといって改憲賛成票を投じたら、私は思い切り軽蔑するからね。
80 代後半か、もしかすると 90 歳過ぎの女性。 仲間からチラシを受け取った人だが、署名を求めると「わからないの」と顔をしかめる。 わからない。わからない。毎週、耳にたこが出来るほど聞く言葉だ。たまにキレそうになるけれど……私がキレても花実は咲かない。

「そうですねぇ。ややこしいですものねぇ。……でも、安倍さんのことはどう 思われます?」

「テレビでねぇ……いろいろ言ってるけど……何が何なのかわからなくて」

「嘘っぽいなぁ、とか思われたりしません?」

「……わからない……」
もうええわ、という気分になってバイバイしました。気温が上がってくると、 それに比例して根気も続かなくなるのであります。
【蛇足的な注/拝み屋さんとは?】

特定の宗教に属さない、街場の祈祷師。

北東北のイタコ、沖縄や奄美のユタも 民間信仰の祈祷師と位置づけられるが、「拝み屋さん」は彼らのような共通の 伝統・スタイルは持たない。主に祈祷をする人、主に占いをする人、主にお祓 いをする人など様々で、中には主に来訪者の悩みを聞くだけというカウンセラ ーふうの人も。祈祷の仕方なども神道ふう、仏教ふう、道教ふうと千差万別( 一般になかりごちゃ混ぜ)。むろん絶えたわけではないと思うが、近年はあまり耳にしなくなった。

特に関西に多いと聞いたことがある。だからかも知れないが、私が子どもの頃 は近所に拝み屋さんの家があるという同級生が少なくなかった。また拝み屋さんがいたのは一般にいわゆる下町、それも豊かではない地区(もちろん富裕者 層を主な対象とする拝み屋さんもいたのだろうが、そういう人はまた別)。慢性病に悩まされているが病院通いはままならない人、家族関係に悩みつつも相 談相手のいない人、難病の子どもを抱えて思い詰めた人……等々が、拝み屋さんのもとを訪れていた。特に、自分や家族の不幸や不運について、「何かの祟 りでは」「引っ越した方角が悪かったのでは」「親の供養の方法が間違っていたのでは」などと不安を抱く人が多かったらしい(だからして、占いやお祓い が拝み屋さんの主な仕事だったのだ)。

その拝み屋さんが激減したのはなぜだろう。何か問題が生じたときの相談機関 が充実してきたから? 人々が迷信から解放されたから? それもあるだろうが、私は人々が様々な情報を手軽に入手できるようになった ことも大きいと思う。特に最近は、ネットで簡単に情報を得られるし、顔も知らない人達と情報交換できる。だが、それを手放しで喜んでいるわけにはいか ない。偏った情報、フェイク情報も世の中に溢れるようになった。難しいでね(と、だんだん私も迷路へ)。

カテゴリー: 週刊スガモ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中