週刊スガモ 2018年11月17日

『週刊スガモ』(by野木)11月17日版

霜月の名の通り肌寒くなり始めた季節ですが、17日の午後は天気がよく日差しも暖かく、戸外に立っているのが心地よい感じでした。久しぶりに和服など着て駅頭に。

もっとも、親戚の年寄りのお古なのでサイズが全然合ってない!

どうでもいい余談ですが私の従姉妹世代とその子ども世代はみんな大柄で、おおむね165~170センチ。おかげで小柄な年寄りのものはみんな私のところに来まして、何せモッタイナイ世代なんで捨てるのも憚られてセコセコと着ています。ちなみに私の母親も長身だったので(私より10センチぐらい高くて、その年齢の女性としてはかなり目立っていた)、彼女の着物は大きすぎるのだけれど、多少の思い出があるので形見を無理して着ている私はいったいナンナンでしょうね。

さらにしょうもない余談を続けると、私が成人した時に母親が2枚の着物を作ってくれました。そのうち1枚の振り袖の方は知り合いの娘にあげたけれど、もう1枚の紅型の小紋は今もまだ持っています。いい年して着るなと母親にずっと止められていましたが、彼女が気に入って無理して作ってくれたものなので、どうしても手放せない。そのうち、これを着て巣鴨に登場するかもです。知~らないっと。

のっけから、どうでもいい話スミマセン。ともあれ人畜無害のほんわかしたオバサンであることをアピールしながら、巣鴨駅頭に立ったのだけれど……。

その割にはあまりチラシも配れなかったなぁ。道行く人たちとも、あまりじっくり会話できず残念。

これは1つには(別に意図したわけではなく偶然なのですが)主に「駅の方へ向かう人」に話しかけてしまったせいかも知れません。言葉をかけた場合、相手の方も何となく乗ってきて立ち止まってあれこれ会話が成立──ということもあるのですが、それは平均して5~6件に1件ぐらいなもの。ほとんどは歩きながらの会話になります(つまり私がストーカーをするわけで)。

ですから駅を背にした人であれば、(相手が嫌がらない限り)トコトコと何処までもついて行くことが可能なのですが(巣鴨地蔵通り商店街までついて行っちゃったこともある)、駅に向かう人はそうは問屋がおろしません。構内に入られてしまうと、混雑している上に向こう様はスイカだかパスモだかを取り出して、心はもう改札口の中……。来週からは「駅から遠ざかる人」を狙うべし、と改めて思った次第でした。

★この日は2人から、愉快でない言葉をかけられました。

1人はすれ違いざまに、嘲るような口調で「あんたらも好きだねえ」。……「ええ、すんません」と肩をすくめて見送った。こういう感じの人にはしばしば出くわすのでまだいいのだが、ゲッと思ったのはもう1人の70代半ばに見える女性。なにげなくチラシを差し出した途端、「いらないって言ってるでしょッ!」と金切り声を上げて睨み付けられた。ベレーをかぶった、お洒落な感じの女性でありましたが。

間違っているかも知れないが、あの感じ……少し前に巣鴨で拒否されたことのある女性だったかも知れない。私は強度の近視なので、実は眼鏡なしではよほど近づかないとヒトの顔がよく見えない(その上むろん老眼までかかっているので、視力には全く自信がないのです)。だから全体の雰囲気とか、声・喋り方などでヒトを判別するのである。その意味で、「会ったことがあるかも」と思ったのだけれど。前に会った女性なら、確か「私は芸術家だから政治には興味ないのッ」と尻上がりの言葉付きで怒鳴られた。

芸術家だか何だか知らないが、害意を持って近づいたわけでもない人間を怒鳴りつける感覚が私には受け入れがたかったので、鮮やかに記憶しているのだ。私なら──たとえば自分の思想信条とは相容れない宗教のチラシであっても、何の興味も関心もない活動のチラシであっても、手を振って「いりません」と意思表示はしても配布している相手を怒鳴りつけたりはしない(第一、割と何でも受け取るし。180度離れた主張のものであっても、それはそれで「知る」役に立つ。敵を知り己を知らば……ですよね皆さん)。

同時に無限大に離れているように見える線も、いつの日か何かのきっかけで交わることがあるかも知れないと思っているからだ。実際のところ、そう思わなければ半世紀以上も人間をやっておれねぇもん。

最近、不機嫌で、ハリネズミのようになっている高齢者がよく話題に上る。私自身、時々そういう高齢者に出くわして──たとえばコンビニで店の人を怒鳴りつけたり、バスの運転手を怒鳴りつけたり、道ですれ違ってちょっと荷物があたっただけで居丈高に謝罪を要求したり……etc.──胸が痛くなる。何がそんなに不満なのだろう。何がそんなにあなたをイラつかせているのだろう。この国は、本当にすさんできたな……とつくづく思う。

★OLDsの巣鴨街宣が始まる午後3時まで、同じ場所で「院内学級(注)の子ども達を支援する」グループの女性達が活動の広報と寄付集めをしていた。100円だけ(ケチ!)寄付したことで互いにフレンドリーな感じになり、2人チラシを受け取ってくれた。

そのうちの1人、かなり高齢の女性(80歳過ぎているかと思われる)が、「私も地元で署名やってるの」と話しかけてくる。千葉の稲毛で、少し改憲NOの活動にも関わっているのだそうだ。「9条を変えるなんて、とんでもない。むろん私などは難しいことはわかりませんけど、今の自民党は本当に危なっかしくって」。

そう言いながらも、「でも安倍さんしかいないのかしらねえ」とため息。わわわっ、またしても「改憲反対派の中の〈安倍さんしかいない〉派」?

「そんなことないと思いますけど。……自民党って、そんな人材不足なんでしょうかねえ」

「でもねえ……みんな年とってきちゃってるし、若い人は若い人で頼りないし……」

彼女の支持政党などを聞いたわけではないが、「どちらかと言うと保守系で、自民党に投票することも結構ある。でも改憲には反対」という人ではないかと想像した。年齢から見て、(子ども時代とは言え)戦争体験もあるだろうし。

頑張ってねと丁寧に言ってもらって別れたが、何となく「どうすりゃいいのか」的なものが私の中に残った。共産党をはじめとする野党の支持者は、「安倍改憲ノウ」であると共に、明確に「安倍政権(自公政権)ノウ」でもある。だがいわゆる無党派層のうちやや保守寄りの無党派層、及び消極的な自民党支持層の中には、改憲に対しては拒否反応を持ちながらも、安倍政権を拒否しきれない感覚が根強く存在するのかも知れない。この感覚を(一掃するのは難しくても、少なくとも)薄皮を剥ぐように剥がしていくには、どうすればいいんでしょうね。

《言わずもがなの注/院内学級=長期の入院生活を余儀なくされている子ども達が、治療を受けながら学習するための教室。小児専門病院のほか、大学附属病院や大規模な公立病院の小児科などに設置されている》

★70代ぐらいの夫婦と30代の息子
ご夫婦は小樽の人。この近くに住む息子一家のところに遊びに来たそうだ。地元で「安倍改憲NO」の活動にも携わっておられる由。少し話をした後、記念にとスマホで横断幕の写真を撮影。ついでに平井さんを交えて写真を撮ってもらいました。ちょっとした息抜きタイム。
息子さんは38歳だという。生真面目な感じで署名して、「やはりねえ。9条を変えると、自衛隊の海外派兵がとめどなくなりそうで、怖いですよね。安倍政権でなくどんな政権であっても、今の憲法は変えてはいけないと思います」。

★前期高齢者の女性
チラシは受け取ってくれたものの、「改憲? ええんちゃう?」とアッケラカンとした口調。

「あらま。どういうところを変えた方がいいと思われてます?」

「どこっていうことないけど、もう古ゥなってるし、変えてもええんちゃう?」

イントネーションも含めて、完全な関西弁。思わずこちらも関西弁に戻る(私も関西生まれの関西育ちなのだ)。

「せやかて、ケッタイなふうに変わったら困りますやん。私も絶対に1字1句変えるなとは言わへんけど、今、安倍政権が言うてるみたいなのは反対やわ」

「どんなふうに変わったって、私なんかもう先があらへんのやから、若い人たちが好きにしたらええねん」

「先がないって……お幾つですのん」

「七十」

「そんなら、まだまだ先ありますやん。あと20年ぐらいは大丈夫かも知れへん。10年、20年経って、こんな世の中嫌や思ゥても遅いでぇ」

「せやけどな」と、おばちゃん(本当に、絵に描いたような「大阪のおばちゃん」であったのだ)身を乗り出す。「今までうちらみたいなんが(←自分たちのような庶民が、ということだろう)あーだこーだ言うて、何か変わったことあるか? あれへんやん。上の方で何かやるて決めたら、うちらが何言うたってあかんのやで」

「たとえば兵器とかに山ほどカネ使うて、そのぶん年金も減るとか。アメリカとの貿易交渉で押しまくられて、日本の農業がアカンようになるとか。それでもかまへんのです?」

「うちらは我慢するしかないんや。我慢、我慢」

かなり投げやりな人でありました。

★60代ぐらいに見える女性2人連れ
片方の人が仲間からチラシを受け取っていたので話しかけたのだが、改憲については「わからない」一点張り。「難しいことはわからないの」と首を振る。

では安倍首相をどう思うかと聞くと、「前は割と好きだったけど、最近はどうもねぇ……」。

「信用できなくなった?」

「そうねえ……」

「どんなところが信用できないと思われます?」

「まあ、いろいろねぇ……」と言って少し黙り込んだ後、「でも、言ったって仕方ないしねえ」

そしていきなり私に向き直り、「私に着いて来ても、何も出ないわよ」とやや捨てゼリフめいた言葉を吐いた(駅の構内までつきまとって、改札口近くまで来ていたのだ)。変なオバサンがあれこれ聞くから相手をしていたけれど、もうウンザリよという感じだろうか。

この日はほかにも1人、「どうせ変わらないし」と言う女性に会った。何だか、期せずして「投げやりな人たち」を収集した感じである。どうせダメだ──と皆が諦めるのは政権の思うつぼなのだけれど、私は「どうせ……」とため息をつく人たちを責めることはできない。一つでも二つでも、「庶民が声をあげたことで状況が眼に見えて変わった」のだという「成功体験」を、私たちは持つ必要がある。理念的なものではなく、「具体的に撤回させた/阻止できた」という成功体験を。

★前々から思っていることなのだが、女性は枕詞のように「難しいことはわからない」と言う人が少なくない。主には中高年の女性だが、若い女性にもしばしば見られる。それに対して男性の場合は、年齢に関わらず「難しいことはわからない」と言った人は……私が会った限りではただの一人も(!)いない。無茶苦茶であろうと間違っていようと、ともかく「自分はこう思う」と堂々と述べる。女性である私に、教え諭すように上から目線でものを言う男性も少なくないのに(だから実際のところ、男性との方がコミュニケーションは成立しやすい。押しつけ憲法がどうの、日米地位協定はどうの、55年体制はどうの、戊辰戦争はどうの、天皇制はどうの、イギリスのEU離脱はどうの……等々ギャアギャアやり合っているうちにいつの間にか妙に息が合って、結局のところ署名してもらった例も何度かある)。

女子と小人は養いがたしと言われ、きっぱりと自分の意見を述べることを抑えられ、「難しいことはわからないけれど、でも……」という枕詞を付けなければ発言できなかったのは昔のことであるはずなのに、未だに日本の女性達はその呪縛に絡め取られているのか。10代の頃からほそぼそと、そして断片的にではあるがフェミニズム運動に関わってきた私は、(極端に言えばハラワタがちぎれるほど)口惜しく、そして悲しく思う。日本の女性は、まだ夜明けを見ていない。

もちろん堂々と発言している女性達もいるけれども、それはやはり少数に過ぎない。少数の「社会的地位があり発言力もある人」や「突出した人たち」だけは自らの意思を表明できるが、その他大勢(私もその一人であると自認し、あくまでもその一人でありたいと思う)はモノを言えない社会など、私には何の意味もない。私が生きている間に、少しは薄明が見えるのだろうか。見たいんですけれどね……ほんとに、魂の底から。

★いつもシッティングで参加して下さるTさん。今日は用がおありのようで途中で帰られたのだが、帰り際に、おもしろい経験を話して下さった。彼女が座っているところに近づいて来た人(年齢層も性別もTさんに聞きそびれたが、多分中高年の男性だろう)が、「こんなことやって、何になるんだ」と一言。でもそんなことを言いながらも、配られているチラシは全部受け取っているんだと、ポケットから出してみせてくれたそうだ。何かモヤモヤと考えているのだろうか。……

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