『週刊スガモ』2019年3月30日版

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『週刊スガモ』(by野木)3月30日版

30日は巣鴨の「桜まつり」。高校生達のブラスバンドが駅前広場で次々と演奏しているので、駅周辺は何となくザワザワ。私も気が散って、半ばボーッと立っていただけみたいな感じでありました。私は実は大音量の音がやや苦手な上、弦楽器の音は好きだけど管楽器の音はイマイチ、という人間。ブラスバンドって少々神経に触るんですよね……。余談ですがあまり好んでいない音が大音量で流れているのは、(語弊があるかもですが)脳神経に対する強姦、みたいな気もしています。


チラシを受け取ってくれた方にちょっと話しかける呼吸も、うまくいかなかったみたいです。会話への導入って、瞬間勝負みたいなところがありますよね。……というわけで、ろくな会話は出来ず(ろくにチラシを配れなかったのは、これはまあいつものことですが)。
一人だけまあまあ会話できたのは、70歳前後の女性。頑張ってねと微笑してくださったので署名をお願いしたら、御自身も署名活動しているという人でありました。そこで、一緒にくっついて歩きながら「署名活動の反応はいかかです?」などという話をしばらく。

「若い人がねえ……」と彼女はため息混じりに。若い人たちの反応の鈍さが、とても心配なのだという。
「こういう署名活動だって、やってるのは年寄りばかりじゃない」
あ、あなたはお若いけど……とお世辞を言ってもらった。いやまあ、あなたよりは少し年下でしょうが、私も立派なババアです。
「今の年寄りたちがみんないなくなったら、ほんと、どうなっちゃうのかと思うわ」と本当な不安げな表情なので、「いえ、若い人だってシッカリしていますよ」と私。
そんなに数は多くないけれど若い人たちと話すこともあり、みんなそれぞれにモノを考えているのだと話した。
「それに若い人は、ちゃんと話せばコミュニケーションが成り立ちます。たとえ『安倍さんしかいない』とか『今のままでいい』という人でも、こちらが偉そうに教えてやるみたいな態度でなければ……たとえば『でもここはヘンだと私は思うけど、あなたはどう思う?』みたいに話をしていけば、真面目に聞いて『あっ、そうですね』みたいな反応が返ってきたりするんですよね」
むしろ年寄り(と言うか、中高年)の方がダメです、と私は続けた。先週・先々週、確信犯的改憲派の中高年に接した疲労をいまだに引きずっているのだ。「おまえらみたいな非国民と言葉を交わすのも汚らわしい、みたいな態度ですからね」
あらあら、と彼女は気の毒そうな顔をしてくれた。
「中高年の政権支持・改憲賛成の人は、基本的にもうどうしようもないと思うんですよ。もちろん人によって違うかも知れませんけれど、たいていは死ぬまで変わらないでしょう。……でも、若い人は変わる可能性があると思うんです」
あ、そうかも知れないわね、と彼女は頷いてくれた。「若い人は柔軟ですものね。……私たちは、もっと若い人を信じて繋いでいかないといけないわねえ」 頑張りましょうね、とエールを交換して別れた。そう。若い人たちへどんなふうに訴えればいいのか。沈む夕日に過ぎない存在である私は、いつもそれを頭の隅で考え続けている気がする。
「若い層にアピールするようなやり方」を考えすぎ、見よう見まねで若向きのスタイルや表現に走れば、それはジジイの若作りや老婆の厚化粧のような(差別的表現です。ゴメンナサイ)醜悪なものになってしまう。でも、だからと言って……「これがオレ達のやり方だ。文句あるか」と自分達が引きずってきたスタイルに固執するのもこれまた醜悪。
しなやかに柔軟に。亀の甲など大した意味はないと自覚し、一歩下がったところで若者を支えながらながらも、同時に年を取ること=悪or惨めなことだけではないと自信を持って、ほんのわずかでも経て来た長い時間の集積を今に活かせれば。

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