『週刊スガモ』2019年6月8日版 & 6月15日版  

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『週刊スガモ』(by野木)6月8日版&6月15日版  

なぜか1週間ほど、face book で「投稿」が出来ませんでした(コメントは書き込めるのにね)。2台あるパソコンのどちらからもダメなんで、パソコンのせいではなし。いろいろ調べてもわからず。ヘンだなー、アカウント再設定でもしなくちゃいけないかと思っていると、なぜか今日になって投稿できるようになりました。ほんと、あれは何だったんでしょう。  それはともかくとして、15日は雨降りのためチラシを少し配れただけ。話もできなかったので、「報告することはありません」という報告のみです(そういうのは報告とは言いませんね)。

で、投稿しようとしてダメだったやつを、遅ればせながら載せておきます。別に遅れたら鮮度が落ちるわけではないので、いいですよ……ね?

あらためて『週刊スガモ』の6月8日版でございます。

この日は私用があって、巣鴨行動には30分ぐらいしか参加せず。シール投票板はほとんど無視して、チラシ配布と署名の呼びかけに専念いたしました。

★「自民党改憲草案がとても怖くて」

20代後半ぐらいの女性がチラシを受け取って、署名してくれた。彼女は「安倍9条改憲」よりも、2012年に発表された「自民党改憲草案」がとても怖くて、それから強い関心を持っているという。 「あの改憲草案を見たら、基本的人権を軽視していることがよくわかりますよね。たとえば97条の削除とか、あり得ないでしょって思う」

9条を特に重視しているというより、基本的人権や国民主権を明確にうたった日本国憲法全体を尊重。自民党はそれを壊そうとしているのがわかるので、今回安倍政権が出してきた改憲4項目についてもNO、という立場である。

彼女は署名の後、安倍改憲の問題点について述べたチラシを少しだけ読んで、「これはいいです」と返して来た。別に内容が気に入らないとかそういう話ではなくて、「いろいろ本なども読んでいますから」とのこと。わざわざ簡単なチラシで教えてもらわなくても結構、ということか。それとも、もったいないから他の方にあげてください、ということなのか。

★チラシ配布って何だろとと改めて 

チラシって難しいなあ、と改めて思う。ある程度問題意を持つ人にとっては、「イロハのイ」みたいなチラシ(←私が拵えたコドモっぽいチラシのことです、はい)は正直なところ「読まなくたってわかってるよ」の類。仲間の人達が拵えたものは、それより理論的でキチッとしているんですがね。それだって、自分でよく本など読んで勉強している人にとっては、「何を今更」の噴飯ものであるかも知れない。

もちろんそういう人達も、心優しくチラシを受け取ってくれることが多いんではありますけどね。

私自身は……街でチラシが配られていたらかなり受け取る方である。自分の立ち位置に近いチラシは、「頑張ろうね」というエールのつもりで。ただしほとんどのチラシは、斜め読みしただけでゴミ箱行きというのも事実。だって……ゴメン、内容的にも文章的にも衝撃を受けるようなものは……むろん皆無とは言いませんけど、めったにないんだもん。だいいち……それを言っちゃあおしまいよなんですが、A4裏表程度のスペースに、いくら詰め込んでもキチッとした理論に基づくレポート(?)など盛り込めるわけはない。

えっと。自分としては「あんたの言ってることおかしいぞ」という立場のチラシも受け取りますよ。もう何回もしつこく言ってますけど、「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」なんでね。こっちのほうが、刺激的かもしれない。「へええ~あんた、そんなふうに思ってるんだ~」と捧腹絶倒できるので。

でもねえ。やっぱりチラシはチラシにしか過ぎない。一から十まできっちりと理論を積み上げられるものではないし、かと言って人目を惹くことだけに走ったものはどうなんよという思いもあるし。チラシ配布に頼る姿勢そのものが、実はポピュリズムではないかいな、なんてふと立ち止まる私って何。  いずれにせよ……チラシの意味についても、私たちはもっとシビアに考えたほうがいいかなぁなどと思っておりまする。

★「戦争になるかも、というのが嫌」 

70代後半かな?と見える女性。チラシを受け取り、署名もしてくれる。 「戦争になるかも知れないというのは、ともかく嫌なの」。

こういう素朴な感覚を、私は本当に尊いと思っている。でも……でも……でも。 「ともかく戦争は嫌」というシングル・イシューだけでは、幅広くかつ強力な連帯を形成できにくくなっている、今の日本の状況を何としよう。

★「9条は絶対に変えちゃダメだよ」  

チラシを受け取って、署名もしてくれた男性。年を聞くと74歳だそうです。「9条は絶対に変えちゃダメだよ」と力説した。  彼自身は敗戦間際の生まれだからむろん戦争の記憶はないのだが、両親から戦争体験を聞かされて育った。だから9条はどんなことをしても守りたい。

「でもですねえ」と、ちょろりと(見方によっては)嫌味な言葉を投げかけてみる。 「9条だけ守っても、外堀埋められたらどうしようもないですし。ほかのところはどうです?」  ほら、緊急事態条項の問題とか……。

こんなことを言ったのは、多分、最初に出会った若い女性のことが念頭にあったからだと思う。  男性は「もちろんそれもダメ」と言う。

その後結構いろいろな話をしたのだが、詳細はほとんど忘却の彼方。プルーストの『失われた時を求めて』を気取って紅茶に浸したマドレーヌを食べたって、記憶は蘇らないと思います。

ひとつだけ覚えているのは、「最近の若者は……」という彼の愚痴。

どうして自民党支持が多いんだろう、どうしてこんなに無関心なんだろうという彼のボヤキをいったん聞いた後で、「でもですねえ」と言ってみた。

「それって結局、親の世代とか、私たちの世代が悪いんじゃないかなあ。政治のことや社会問題について家庭でフランクに話したり、子どもに教育する家、少ないでしょ。ここでいろいろ若い人と話をしていると、関心持ってたり自分の意見をハッキリ言う人も割といるんですよ。……多いとは言いませんけど、マレってほどじゃあない。そういう人に聞いたら、家で両親がよくそういう話をしているのを小さい頃から聞いてたとか、お祖父ちゃんお祖母ちゃんとそういう話をするとかいうケースが多いんですよね」

うんうん、と男性は頷いてくれた。

「アメリカとかでは、ごく普通の家庭が、食事の時などにごく普通に、政治や社会問題について話すと聞きます。身近な問題だと考える習慣がついてるんでしょうね。でも日本では、『自分達にはわからない難しい話』『庶民がそんなことを考えても仕方ない』みたいな雰囲気がありますでしょ。子どもがちょっと関心示しても、そんなことより勉強しなさい、なんてお説教したりさ」と私。

それもそうだ、と彼は賛成してくれた。「うちなんかは昔から家で割とそういう話をするもんだから、息子も子どもの頃からそういう話題に慣れてたな」

息子さんの年齢は聞きそびれたが、オヤジが74歳なら40代か……もしかしたら30代後半かな。氷河期世代であるな。  そう言えば学生の頃、友人達に政治の話をしたら引かれた……と言ってたことがあるなあ、と彼は言った。うわ、息子さん気の毒。

ともかく、大人達がシッカリしないといけないんですよ──という話になりました。

いや、私は本当にそう思っているのだ。こんなところまで来るのを放置していたのは、大人達なんだから。

というわけで、今回はこの辺で。

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