『週刊スガモ』2019年9月7日版

20190907_第226回巣鴨行動

 

先週は私用でスガモ行動をさぼったので、『週刊スガモ』は休刊いたしました。というわけで、1週間置いたご報告です。(何か、だんだん不定期になりつつある雰囲気)

あいかわらず暑さで心身のパワーが下がったままなので、会話も弾みませんが……(やりとりの際に言葉選びが一拍遅れるのが、自分でもよくわかる)。ま、ぼちぼちと。まずは簡単なやりとりから。

★読んでもらえれば御の字

20代後半~30歳前後の女性。チラシを差し出すと「いいです」という感じで軽く手を振りかけたが、「安倍9条改憲のワナ」という大きな見出しをチラッと見て「あ、いただきます」と受け取ってくれた。わぁ、関心があるんだと嬉しくなる。

話しかけようとしたら、「ごめんなさい、ちょっと急いでいるので」と。

「でも、ちゃんと読んでみます」。ありがとう、今度会うことがあったらご意見聞かせてね。

 

★「気になるのは日韓関係」だと言うけれど

シールアンケート板の前に立った男性。30代前半かな?

気になるのは「日韓関係」。ほかにはないかと尋ねたけれど、首を捻るばかりだったので、まあ1項目だけの選択ということで。

理由を聞くと「オリンピックも、ちゃんとやりたいしぃ。日本ノウとか、ほんともう、やめて欲しいっす」(いきなりオリンピックが出て来て驚いた)

ゆるーい嫌韓、という感じかな。本格的(?)嫌韓ではない証拠に、私が「でもねえ。日本の方だって、韓国の悪口を言いまくってるじゃない? 関係を改善しようと思ったら、まずはこちらから反省しないと」などと言うのに対して、「まあ……ねえ」と(不承不承の顔つきではあるが)頷いてくれたから。

 

私のご報告はやたらに長くて(しかも余談が多いし)、多分きわめて読みにくいはず。活動のメモとして書いているので、もし読んで下さる方があれば望外の喜び──てなものではありますが、やはりあまりに自己満足的で不親切かもとようよう反省。高橋さんが大宮の報告を幾つかに分けておられるので、今回はそれを真似てみました。

★「あなた達が頑張ってるから」と言われても……

スタンディング参加のTさんと話をしていて、署名してくれた初老の男性。「9条改憲反対の理由」や、「どんな政権下でも改憲には反対か、それともとにかく安倍政権下ではダメということか」などを聞いたが、それには笑って答えず。

「まあ、あんた達が頑張ってるから」と言われて、いささか面食らった。「頑張っている」という言葉のなかには様々な意味合いや感覚があるのだろうと思うが、私は心理療法士でも、訳知りの長屋の大家でも「黙って座ればピタリとわかる」占い師でもないので、ちょっと捕捉しかねる。

すぐに言葉を選びかねて黙っていると、男性いわく「うちの方でも共産党の人達が署名活動してる」と。

「いえ、私たちは政党とは関係のない、市民のグループなんですが」と言っても、「いいから、いいから」という感じでちょっと笑う。

共産党系のグループだと思われているんだろうなあ。他のOLDsメンバーのことは知らないが、私個人は「共産党には反感を持っていないし、選挙で投票することもあるけれど、やや距離を置いた庶民」である。

ちなみに若い頃、フェミニズム問題で共産党系の労組の人と対立したこともあるが(当時の労働運動の担い手は、悪いけれどやっぱり「オンナコドモ」嫌いのオッサンだったと思う。右側の人間達が男尊女卑なのはアタリマエとしても、左側の人間までそういう臭いを持っているのは許せなかったんですな、やっぱり)……別にそれを根に持っているわけではない(少しは持っているかも? 踏まれた側は忘れないのだ)。

ま、少なくとも、今の共産党に含むところはないのでありまするが(と言うより期待するところ大だし)、でも共産党シンパでもないのは確かでして。ひとくくりにされると、どうしても首を傾げてしまうのだ。

 

★「自衛隊が軍隊になってしまう」 

仲間からチラシを受け取った女性が、私のところで署名してくれた。

「改憲はやっぱりダメだ……と?」と話しかけると、「そりゃもう」と頷く。

「自衛隊が軍隊になってしまうと思う。だからもう、心配で」

私ね……と唐突に自分のことを話し始める。「戦争が終わってすぐに、生まれたのよ」。と言うことは、73歳か74歳ですね。

だから直接に戦争を経験したわけではないが、幼い頃には日常のなかに戦争の名残りがあったし、親たちからもよく話を聞いた。二度とゴメンだとさんざん聞かされて育ち、日本が軍隊を持たないのは有り難いと思ってきた。

「でもねえ。最近の若い人は、戦争を知らないから。9条のことも全然現実問題として考えられないのよね」

ちなみに彼女のイメージする「若い人」は、10代20代だけでなく、多分40代ぐらい(つまり彼女の子どもの世代)まで含んでいると思う。

「うーん。直接知らなくても、本読んだりして知識を得ることは出来ると思いますが。実際、よく勉強している若い人も多いですよ」と、これはまあ私の持論(?)と言うか何と言うか。人間、直接に体験していないことでも、いくらでも頭と心で追体験できるのだけど。その気にさえなれば。若い人の関心が薄いとすれば、それは関心を喚起することができなかった我々の世代の責任だ。

★「勇ましいことを言いたがるのよ」 

彼女もそれには異論はないようだが、「改憲? どうでもいいや、という若い人が多いという現実」にはかなり拘泥している模様。怖いのよね、と繰り返した。

「戦争で竹島を取り返せなんて、突拍子もないことを言う政治家まで出て来る始末ですからねえ」と何気なく私が言うと、「そうそうそう」と大きく頷いた。

「すぐ、勇ましいことを言いたがるの」

主語に「男って」と付いたような気もするが、その辺は記憶が曖昧。「日本の男って」あるいは「日本人って」、と言ったかも知れない。

「勇ましいことを言えば、それだけで拍手喝采してもらえたりしますからね」

若い人どころか、いい年したジーサンバーサンでも、そういう輩は多いのである。私自身、喫茶店に入った時など、近くで「韓国にはガツンと言ってやらないと」と怪気炎を上げる中高年グループで出くわして、コーヒーが気管に入りそうになったこと多々。おいおい、暴支膺懲の再現かよ。(男が比較的多いが、オバサン達のこともある)

「イケイケで勇ましいことを言っていい気持ちになって、いったい何をしたいんだって思いますよね。70年ちょっと前に、それで大失敗してるのに」と私。

「そうなのよね」と彼女は言い、途方に暮れたような表情をした。

 

★余談中の余談──「hard」をめぐって──

「その3」の女性と対話するなかで、私のなかに蘇ってきたものがある。

“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”

ある程度の年齢の人なら、誰でもご存知の台詞。レイモンド・チャンドラーの名作『プレイバック』のなかで、私立探偵のフィリップ・マーロウが口にした台詞である。あんまり有名過ぎるんで、今さらゴチャゴチャ言うのも気恥ずかしいみたいなものですが。

この台詞、「(男は)強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」という訳で人口に膾炙している。hardという言葉が、「強い」とか「タフである」という日本語に置き換えて理解されていたのだ。「強い」という言葉が、ハードボイルドに似つかわしいと思われたのかも知れない。

だがハードボイルドとマッチョはイコールではない(私は物好きにもチャンドラーの小説を全部読んだのだけれど、彼の小説にはマッチョとはほど遠い感覚が流れている。むろん20世紀前半~半ばの作家だから人種差別や性差別の尻尾を残しているが、それはまた別の話)。

私は英語の専門家ではないし、それどころか英語の知識はかなりあやしい。ただ、言葉というものと二人三脚で生きてきた人間として、「強くなければ」うんぬんの訳は適切ではないと思う。(まあ、上記の台詞は私でもわかる中学生英語ですし)

またgentleは漫然と「やさしい」と訳されることが多いが、単に生まれつき優しいとか言うのではなく、「意識的に獲得した優しさ」の意味合いが濃いと思うので、ここはそれを匂わせる訳のほうがふさわしい。

この台詞は、私ならばこう訳す。

「毅然としていなければ生きていけない。心寛くなければ(or他者を思いやる心がなければ)生きるに値しない」

私は今、この言葉をこの国の政治家を含むすべての人々に贈りたい。

お粗末さまでした。お後がよろしいようで。

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