IMG_1701

『週刊スガモ』(by野木)11月16日版・その1

今週の巣鴨行動。──高橋さんの報告にもありましたが、「桜を見る会」に対して不快感を持ってる人が多いなあ、という印象を受けました。ほんの一言二言かわすなかでも、「税金返して欲しい」「仲間ばかり集めて図に乗って」みたいな声がチラホラ。大嘗祭の経費、アメリカからの武器購入の費用……その他、「何でそんなものにカネ使うんだよ」みたいな話は多いんですけど、我ら庶民にとっては億単位のカネは想像の範囲を超えてるんですよね。それに対して、5000円とか1万円とかのカネはパッと頭に浮かぶ。そういう感覚を低次元だと言う人もいるかも知れないけれど、私は切実にわかるんだよなあ。そして「上級国民」(笑)の皆さん方が馬鹿にするチマチマした話こそが、実は重要だとも思っているのです。

起きて半畳、寝て一畳。私たち庶民は、手の届く範囲の感覚を元にしてモノゴトを俯瞰する。「手の届く範囲」って、馬鹿にしたものではないぞ。人間は一杯の紅茶から立ち上る湯気や、目の前を横切った黒猫や、ポロっと落ちたボタンや、机の中を整理していてたまたま見つけた古い手紙や……そういうほんの些細なものから、想像力を世界に拡げることができるのだ。別に『失われた時を求めて』よろしく、マドレーヌを紅茶に浸さなくたって。

すんません、前置きが長くなりました。

★陰謀論の人でした

60歳前後に見える女性。署名してもらいながら「安倍改憲NOの理由」について尋ねると、いきなり「今の選挙って、不正選挙でしょ」と話し始めた。

「ムサシで不正選挙が行われているんでしょ? だから次に選挙があったって、自民党が勝つに決まってる」

うーん、と激しく瞬きしてしまった。

「ムサシ」による不正選挙の話は、かなり以前からある。皆さんとっくにご承知だと思うが、ここでごく簡単にまとめておくと──

情報システムや機材などを作っているムサシという会社があり、選挙で採用されている投票集計機は同社の製品が圧倒的に多い。その集計機によって、「ハイテク不正」が行われているという話である。ムサシにユダヤの資本が入っているとか、様々な話も飛び交っている。

それが事実かどうかは、正直言って私にはわからない。自分で調べたり取材したわけでもないので。むろん「そんな馬鹿な」と笑い飛ばす気はない。今の時代、どんな突飛なことでも「あり得る」のだから。

ただ、「選挙で大々的な不正が行われている(→だから今の選挙は意味がない)」となれば、選挙のたびに「棄権しないで」「今の政治がおかしいと思ったら、意思表示を」と呼びかける言葉はすべてお笑いぐさになる。そうやって呼びかけている自分の行動を否定したくない一念かも知れないけど、やはり私のなかには「今の選挙は不正だから」と冷ややかに見られない自分があるんだよなあ。

選挙で不正が行われていると思う人は、それを調査し、告発する行動を取れていいのであって。

★「日本人は馬鹿」と斬って捨てることの重さ

上記の女性はムサシの選挙不正について様々に語った後、「日本人はバカなのよ」と吐き捨てるように言った。

署名をもらっておきながらこんなこと言うと口が腐るかも知れないけど……私は「評論家ふうの物言い」って、どうしてもダメなんですホント。

いやいや何と言うか、私もしばしばそう言いたくなることはあるんですけどね。それを言っちゃあオシマイよ。

ほかの人はどうか知らないけど、私は「日本人はバカ」と言われるたびに、自分が責められてる気分になるんですよね。「おまえもバカだ」と言われてる感じで、思わず「スミマセン」と言いそうになる。

うん、私は馬鹿な日本人の一人なのだ。こんな政権がのさばるのを許していたというだけでも、後世の人達からどれほど難詰されても言い訳の仕様はない。だからせめてもの罪滅ぼしに、ほんのちょびっとだけ行動しているわけで。

バカだから。でも、バカだということの痛みを死ぬまで引きずりたいから。

★「一億総評論家」はヤなのよね

なおもしつこく。

何というのかなあ。「日本人はバカだ」という意見を聞くたびに、「その通りです」と頷きながら、私のなかには永遠に割り切れない円周率みたいなものが澱のように残る。言葉では綺麗に整理できても、情念はどこまでもどこまでも闇のなか。

おそらく──こう言ってはナンだけど、そういう言葉の後ろに「私以外の日本人は」という一種の上から目線を感じてしまうんだと思う。

私は──巣鴨行動の報告にかこつけてチラチラ漏らしているけれど、カッコ付きの「インテリ」と「エリート」は大嫌いだ(おまえがそうじゃないからだろ、と言われりゃそれまでですけどね)。わかったふうにサラサラッと総括して綺麗にまとめる……そんなことだけはしたくない、と思って長い年月を生きてきた。たくさんの「余り」をかき集めながら、右往左往して生きて行きたいと。

 

日本人はバカだと言われれば、あっ、自分もその一人なんだよな~と思い、背筋や心臓や、ついでに言うと脳の海馬の周辺あたりもチクッと痛む。そういう痛みを、私は大切にしたい。だってさあ、漱石は野のスミレほどの存在でありたいみたいなこと言ってたけど、私なんざほんとに野のスミレにも及ばない小さくて貧しい存在なんだもんね(なんちゃって)。すんません、ちょっと鬱です。

★チラシ受けとるのは嫌いかな?

四五人の男子高校生のグルーブにチラシを差し出すと、毎度おなじみの「大丈夫です」という返事。

「あっ。道でこういうチラシとかもらうの、イヤなのかな?」と軽く聞いてみる。

忌避する雰囲気ありありだったけど、中のひとりが「ええ、まあ」と辛うじて返事してくれた。

チラシなどを受け取ること自体、「ウザイ」と思っているふうな若者はとても多い。面倒なことに関わりたくない、ヘンな人には近づきたくない。むろん、「邪魔になるからヤだ」という意識もあるだろう。チラシを拒否する若者には何度かその理由を聞いたことがあるけれど、「ともかく街で何かもらう気にはなれない」という人も多かったし(たとえば新装開店のチラシとか、割引チラシなんかも受け取らない……と言った若者は少なくない)。

嫌がる相手にも「是非読んでみて欲しい」と呼びかけて受け取ってもらう方がいいのだろうな……と思うけれど、私はどうしても「そこで一押し」できないのだ。私自身が若い頃、空疎な理屈を並べたり同じことばかりの言う年寄りが嫌いで、「未来はおまえたちのものではない」と思っていたせいかも知れない。若い人達に対しては、ほんとに腰が引けるんですよね。

「あっ。ゴメン。……ま、また気が向いたら受け取ってよね」と言うしかなかった自分が口惜しいけど。

 

★下品な仕草はやめなさい 

30代後半から40歳前後に見える男性二人連れにチラシを差し出した時、片方の男性が私の鼻先で、握った拳から中指だけ立ててみせた。

「the meddle finger」と呼ばれる仕草である。皆さんご承知と思うが、これは「Fuck you!」のサイン。欧米では最大級の侮蔑を表し、喧嘩を売るサインだ。18~19世紀ふうに言えば手袋を投げつける──それを思い切り下品にしたもの、という感じですな。

チラシを配ったり署名を呼びかけたりしていると、舌打ちされたり睨まれたりするのは日常茶飯事。マレには唾を吐かれることもあるけれど、さすがにthe meddle fingerは初めてだった(気が付かなかっただけかも知れないが)。

年のせいで人間が練れてきて(?)、若い頃のようにすぐ「売られた喧嘩は買うぞ」みたいに激することはなくなったけれど(パワーが落ちてきたのかも知れない)、やっぱりムッとしますわなあ。ほんと。

映画かアニメで覚えたのか知らんけど、これは下品な仕草なんだよ。いい年した、コモン・センスのある人間がやるこっちゃないぞ。

私は──たとえば自民公明系の議員だの、右翼系の団体だのがチラシ配っているところに出くわしても、こんな汚い仕草はせんよ(だいたい、チラシも受け取ることが多いしね。何度も言ってるように、「敵を知り己を知らば百戦危うからず」なんで)。

私は決して上品な人間じゃないし、教養人でもないけれど、やっぱり下品なのはイヤだなあ。人間同士のコミュニケーションには、最低限のルールがあると思うんですよね。

中指立てる野郎なんて、ほんとヤだ。様々なことになるべく寛容でありたいと心がけてはいるけれど、それでもやっぱり許容範囲ってものはあるようで。

カテゴリー: こんな行動をやっています, こんな風に考えています, 週刊スガモ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中