『週刊スガモ』2020年2月22日版

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『週刊スガモ』(by野木)2月22日版

この日は全員がマスク着用で行動。私個人としては、「咳やくしゃみなどの症状がなければ必ずしもマスクは必要じゃない」という考え方なのですが(症状がない人までマスクを買いあさることで、品切れになって本当に必要な人に届かないのがむしろ心配)、「私たちは充分に注意しています」というアピールにはなるかな……。

マスクって、声が籠もってしまうのも難。もともと声の通る人はマスクをしていてもOKなのだけれど、私などは綺麗に通らない声なので(大声出せば通ります。古い話ですが、学生時代には講堂や大教室でマイクなしで喋ったりしました。でもその場合は何と言うか怒鳴ってる感じで、つまりは単なるバカでかい声で、耳障りなんですよね)……。

★「安倍政権のひどさ、言ってるとキリがない」

40歳前後に見える女性が自分からスタスタと近寄ってきて署名してくれた。改憲の話もさることながら、「もうもう、安倍政権いい加減にしてっ!」

桜を見る会、新型コロナウィルス対応……等々について、舌鋒鋭い批判が次々と飛び出す。黒川検事長の定年延長の話も出て、「自分に近い人だけで固めようと言うのよねッ」。

私の方は相づちを打ち、適宜言葉を挟みながら主には「聴く」。

5分ぐらい、会話しただろうか。女性はふと「もうほんと、言い出すとキリがないのよね」とはにかむように言い、「じゃあね」と風と共に去りぬ。

反安倍政権の人と会話するのは、正直なところ「快い」。そうだよねーと盛り上がる。頑張ってねと言われれば、素朴に嬉しくもある。

ただ、これだけじゃダメなんだよなあという焦燥があるのも事実。「わかり合える者同士」のコミュニケーションは本当に楽だし、自分のモチベーションを上げてくれるという効果もあるけれど、それはうっかりするとマスターベーションになってしまう。

ほんの少しズレがある人達と、いかに言葉をかわせるか。私はン十年、ミスメディアで仕事をしてきた。だから「思想的あるいは感覚的に自分とは違うなあと思える人達」ともなるべく虚心坦懐に接し、その思いや言葉を引き出す一種の技術は身に付けていると思う。

それでもなお、難しさの前に立ち尽くす。人間、死ぬまで学ぶことは多いんですなあ。

 

★アベノミクス信仰は衰えず?

50代ぐらいのカップル(おそらく夫婦)。男性の方がチラシを受け取り、私の声かけにも応答してくれた。

「9条改憲については、基本的には反対です」

「基本的……というのはどういう意味でしょう。基本をはずれることもある、と?」と聞くと、エッという顔。そんなふうに聞かれたことはないのだろうか。

私たちは割と無造作に「基本的に」「原則として」みたいな言葉を便利に使ってしまうのだけれど、それって一種の「逃げ」かも知れないとふと思ったりした。そうやって逃げ道を開けておくのって、(これは思い切り偏見かも知れないけど)インテリの常套手段なんだよなあ(と、インテリではない私は思うのだ)。

「いやまあ」と彼はモゴモゴ言い、「まずいですよね」と。

うん、基本もへったくれもないのであります。物事はシンプルに考えましょう。

安倍政権についての意見を聞くと、「評価できるところもある」と。経済については、頑張っていると思うそうだ。アベノミクスで恩恵を受けた人なのかな。

半面、モリカケサクラに代表される「嘘とごまかしだらけ」にはウンザリだという。基本的に(笑!!)保守系の人のようだが、「憲法9条は大切」だと思っていることと、安倍政権のモラル破壊に忌避感を持っていることはよくわかる。

一緒に交差点を渡ってストーカーしながらの会話だったが、「すみません、急いでいるので」という言葉でおしまいになり、署名をもらうには至らなかった。残念。

ただそれはそれとして──ほんといつもいつも思うのだけれど、保守的な感覚の持ち主のなかにも、ある意味で保守的であるからこそ、「今の政権はひどい」と感じている人は少なくない。そういう人達を、懸命にこちらに引っ張りたい。たとえ大衆迎合主義(ええわい、もう)と言われようとも。

 

付録

★「ご協力ください」でいいのかなあ

これは……活動に水かける感もあるので、言いにくいことなのだけれど。

 署名を求める時には、「署名にご協力ください」と訴える人が多い。それはそれで非難するつもりは毛頭ないのだが、私は「ご協力を」という言葉は(かなり意識的に)いっさい使わない。

ご協力を──というのは、たとえば「私たち主体的に活動している者たちに、イイネを押してね」という感じがするんですよね私は。赤い羽根募金にご協力ださーいという感じ。

それではいつまでも、ひとりひとりの個人が主体にはなれない。

極力して下さいではなく、一緒に考えましょうよと言いたいから、だから私はその言葉を使わないのである。今の政権をどう思いますか? 憲法のこと、ちょっとでも真面目に考えてみたことありますか? 本当に改憲したいですか? 何でもお任せにしていて怖くないですか?……エトセトラ。

私は……この戦いは、「人々が自分が当事者であると自覚できるかどうか」の戦いであるとも思っている。

私の感覚、おかしいですか。私は狂い始めているのかも知れないと思いつつ。それでも私は大衆に内在するマグマを信じている。それを信じられなければ、すべては闇のなか、滅びるしかないもんね。

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